1on1を導入しても本音が出ない職場に必要なもの

臨床心理士の東畑開人さんの『ふつうの相談』(金剛出版、2023年)を読んで、驚いた記述があります。

「(臨床心理士として受ける相談に対する対応を心理療法とそれ以外(ふつうの相談)に分けると、)半数以上のケースはふつうの相談として行われているし、デイケアなどの施設臨床となれば圧倒的多数の臨床業務がふつうの相談であろう。」(P33)

※〈ふつうの相談〉…東畑さんの言葉で、特定の学派の技法によらない、世間知や現場知にもとづく日常的な相談のこと。職場での立ち話や、友人への打ち明け話までを含む広い概念として論じられています。

心理の専門家が専門技法を駆使して相談対応している場面は、半分以下である。この記述が意味していることは、相談相手は専門的な支援を確かに必要としているけれども、ふつうの相談にも大きな意味がある、人の支えになるということだと理解しました。

そして、2つの印象的な経験を思い起こしました。

毎週1時間、雑談をして帰る学生

キャリアコンサルタントとして経験が浅かった、10年以上前の話です。

大学のキャリア相談窓口に、毎週1回、通ってくる学生がいました。相談らしい相談が語られることはほぼありません。その1週間にあったこと、就活の話、家族の話を1時間して、帰っていく。毎回ほぼ雑談ですから、本当に役に立っているのか、コンサルティング的なことをしなくていいのかと、私は密かに悩んでいました。

迷いながらも、楽しく雑談をし、就活の話が出たときには気になったことを質問しました。たとえば、「面接を受けてみて、どう感じたのか」「その会社、その仕事のどんなところがいいと思っているのか」といった質問です。

「社員が優しく丁寧に接してくれて嬉しかった」という答えだったとしたら、「優しく丁寧って、具体的にはどんな風だったのか」「入社して、自分が優しく丁寧にその業務をしている姿を想像できるか」と聞いていきました。

そして、その答えが、たくさんの雑談から汲み取ってきたその学生の価値観や強みと一致していると感じたときには、このように伝えました。「これまで○○を大切にしてきたのだなと感じてきたが、今回の話からも、仕事でも○○を大切にしたいと思っているように受け取った。どう思うか」。本人に、自分の価値観をあらためて言葉にしてもらうためです。

2か月ほどで就職先が決まり、最後に手紙をもらいました。いっぱい話を聞いてくれてありがとう、くだらない話もいつも笑顔で聞いてくれてありがとう、だから不安な就活を乗り越えられたし、自分に合う会社に決めることができた、といった内容でした。

いつもそこに「いる」こと。相手の話を通じて「一緒に追体験する」こと。その雑談の積み重ねがあったから、その人の価値観や強みを汲み取り、言葉にして伝え返すことができたのだと思います。

日々の関わりから、部下の変化に気づいた管理職

ある管理職のお話です。

ある日、子育てとの両立中の部下が大きな荷物を持っていました。「今日は大きな荷物でどうしたの」と質問したところ、その答えに、両立することの苦労を感じ取ると同時に、そこまでして仕事を頑張ろうとしている思いにも気づきます。そこで、ある業務への挑戦を打診したとおっしゃっていました。

日々の小さな会話を重ねていくうちに、小さな会話にも深い話が出てくるようになる。管理職に伝えるのも申し訳ないと思うような両立の不安についても、話してみようと思えたのだと思います。日常の関わりの積み重ねから、本人の仕事に対する思いが自然と語られ、それを受け取った管理職がキャリア支援にまでつなげた例として、とても深く印象に残っています。

日々の小さな関わりが、面談で話されることの深さを決める

管理職の方から、「部下に興味をもって関わり、キャリア支援をするのが管理職の大事な役割だと人事から発信されているけれど、どうしたら、部下の本音やキャリアの話を引き出せるのか」と質問をされることがあります。

私は、日常の関わりの積み重ねを大事にすることを推奨しています。それを強く後押ししてくれるのが、先ほどお話した2つの経験です。

相談のしくみとして、1on1、キャリア面談等を設定する企業が増えていますが、その相談のしくみが意味ある面談として機能するために欠かせないのが、日常的な関わりです。企業は、1on1やキャリア面談を導入する際、同時に日常の接点をどう確保するかを設計する必要があります。

多様な働き方、柔軟な勤務時間は、両立しながら働く人にとっては特に有用な制度です。一方、多様な働き方、柔軟な勤務時間は、職場でお互いに顔を合わせる時間が減ることにもつながります。

週に一度でも、数分でも構いません。対面で会う時間を意識的に確保し、目を見て挨拶を交わす。少し立ち止まって、ちょっとした言葉を交わす。何か変化を感じ取ったときには、質問を投げかける。

そのような前段のやりとりから、少し長い「ふつうの相談(こんな風に感じているんです、こんなことがちょっと気になっています)」が生まれ、そして公式な面談の場面での深い話、つまり自分の希望や不安といった感情や考えを管理職に話してみようという気持ちへとつながっていくのです。

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