家族の朝食の準備をしていたら、息子が私に「○○を持ってきてくれたらありがたい」と言ってきて、驚きました。
驚いたのは、内容ではなく言い方です。私がよく使う言い回しだったからです。
私は人にものを頼むとき、「○○してくれたらありがたい」「可能であれば○○してほしい」という言い方をよくします。なぜそれを自覚しているかというと、以前、夫にこの言い回しはわかりにくいと言われたことがあるからです。
私はこの言い回しをどこで身につけたのか
どこで身につけたのかは、よくわかりません。私の両親は使っていないと思っていました。
ただ、思い返してみると、母は私に頼みごとをするとき、「明確にやってほしい」とは言っていない気がします。「○○できる?」「できるときでいいのだけど…」。根っこのところでは、同じなのかもしれません。
そう考えると、子どものころから「人に迷惑をかけてはいけない」と育てられてきたなと思います。私のなかには、誰かに何かを頼むのは迷惑をかけることだ、という気持ちがあるのだと思います。
だから、「○○して」と言い切る命令形ではなく、相手に断る余地を残す言い回しを使うようになったのだろうと考えました。
夫が言っていた「わかりにくさ」
息子の言葉を聞いて、気づいたことがあります。この言い方は、一見、相手に配慮しているようでいて、意図がはっきり伝わりません。
「ありがたい」では、どのくらい困っているのかが伝わらないのです。今すぐ必要なのか、なくても済むのか、断ってもいいのか。
実際、私は息子に「今すぐ持ってきてほしいの?」と、少し強い口調で聞き返してしまいました。聞き返しながら、夫が言っていた「わかりにくい」の意味が、ようやく腑に落ちた気がしました。自分が言う側にいるあいだは、まったくわからなかったことです。
助けてほしいときは、はっきり頼もう
振り返って思い出したことがあります。長男を出産したあと、初めて電車に乗った日に、駅で倒れてしまったことがありました。
立ち上がれずにいると、おばあさんが「あなた大丈夫? 駅員さんを呼びましょうか?」と声をかけてくださいました。それなのに私は、「迷惑をかけたら申し訳ない」という気持ちが先に立って、「いえ、大丈夫です…」と断ってしまったのです。
その後、子育てをしていくなかで、たくさんの人の力を借りざるを得ない状況が続きました。そしてありがたいことに、たくさんの方が力を貸してくださいました。
「助けて」と言えることが大事で、そして、快く助けてくれる人が周りにはたくさんいる。それを教えてくれたのが、子育てと仕事の両立生活だったと思います。
はっきり頼むことに躊躇はなくなったつもりでいました。それでも意外なところに、以前の私が残っていたことに驚かされた朝でした。



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