息子が小学校1年生だったときに、理科実験の授業を見学しました。砂糖を使った実験で、先生が「机に置いてある白い粉末は砂糖です。甘いので、なめたい人はなめてみていいですよ」と声をかけました。次の瞬間、男の子は一斉に砂糖に指を突っ込んでなめ、「わー甘い!」と大きな声で喜び始めました。一方、女の子たちは、同じグループの仲間と顔を見合わせたり、周りの男子の様子を眺めたりしていて、誰一人として砂糖をなめることはなく、ずっと静かにしていたのです。その光景を目の当たりにして、私は思わず「もしかして、生まれながらに男女差はあるの?」と感じてしまいました。

東京大学 四本裕子教授による記事「ステレオタイプに陥らないために─『男性脳・女性脳』の言説」でも、「男性脳・女性脳」という二分法を裏づける科学的根拠は乏しく、脳に性差があるとしても、それは集団としての平均的な傾向にすぎず、個人差の方がはるかに大きいことが指摘されています。さらに、私たちが「生まれつき」と思い込んでいる行動の多くは、社会的に作られている部分も大きいということなのです。
この知見を踏まえてあの場面を振り返ると、私は無意識に「男の子たち」と「女の子たち」と二分して眺めてしまっていたのでした。また、あの砂糖の実験での女の子たちの「静かさ」は、生得的なものというより、「女の子はおとなしく、はしたないことをしてはいけない」という規範、幼少期からの周囲の期待や働きかけをすでに内面化していた結果かもしれません。男の子たちの大胆さもまた、「男の子は元気がいい」と肯定的に受け止められてきた経験の積み重ねかもしれないのです。
「男子はこう、女子はこう」とまとめてしまう思考は分かりやすく、全体的な傾向をとらえるには便利だともいえますが、まとめた瞬間にその一人ひとりの個性や事情は見えなくなってしまう点には注意が必要だということ、そして「性差は社会的に作られる側面がある」ということをあらためて肝に銘じたいと思いました。これは家庭や教育の場だけの話ではありません。

職場に置き換えてみても同様です。「男性は仕事中心であるべき」「キャリアを優先するもの」というイメージは根強いですが、これも社会的に作られた規範で、実際には家族との時間を何より大切にしたい男性、育休をしっかり取って子育てに関わりたい男性、長時間労働ではなく柔軟な働き方を望む男性が数多くいます。それでも「男性なのに」という視線や、職場の空気がそれを言い出しにくくしている場面は少なくありません。性別による思い込みは、女性の選択肢を狭めるのと同じように、男性の選択肢も狭めてしまうのです。そして選択肢が狭まれば、その人が本来持っている力や意欲も、十分に発揮されないまま埋もれてしまいます。
私はダイバーシティ推進や女性活躍支援に携わる中で、「女性は管理職を望まない」「男性は家庭より仕事」といった一般化された声にしばしば出会います。こういった一般化された声に対しては、「性差は社会的に作られる側面がある」ことを念頭に、組織のなかで一般的な規範から外れた選択をすることへの不安を、一人ひとりが感じずに済む組織づくりが必要です。また、個々人への支援としては、性別というカテゴリーで括らずに、その人自身を見る、考えをきく、知る。いずれにおいても出発点は、一人ひとりが「男だから」「女だから」に縛られず、自分の本当の希望に気づくこと、自分の力を本来の形で発揮できる組織づくりに取り組んでいくことだと私は考えています。
ただ、こうした話をすると、「そんな正論を言っても現実は違うよ」、「一人ひとりの考えを聞くと言ったって、そんな時間もないし、部下だってそこまでのコミュニケーションを求めているかもわからないし…」という声も管理職から聞かれます。たしかに、現実は簡単ではありません。それでも、何もしなければ何も変わりません。力を発揮できない人がいる、力を発揮できずに退職していく人がいるとしたら、もったいないことです。
管理職が部下の言動になんらかの違和感を覚えたときに、「どうしてそう思うの?」「気になっていることがあるなら教えて」「本当はどうしたいと思っているの?」等と部下に一声をかけることで、部下が自分の本当の気持ちや考えをみつめるきっかけをつくっていくことができます。「男だから」「女だから」というレンズを一度外して、目の前の一人と向き合う。その小さな一声の積み重ねが、性別の思い込みを超えた先にある、人が本来の力を発揮できる組織をつくっていくのだと、私は信じています。
「ステレオタイプに陥らないために─「男性脳・女性脳」の言説」東京大学 総合文化研究科 四本裕子教授
(引用)一般的に「男性脳・女性脳」という表現で伝えられている言説の背景には、「男性と女性は脳が違うから、得意なことや苦手なことが違う。お互いの違いを認め合い、分業して社会を回していくべきである。」という思い込みがありますが、この言説に科学的根拠はありません。多次元の解析を行うと、男性500人全員の脳・女性500人全員の脳に特定の性質があるというわけではなく、“モザイク的”な個人差がみられることが分かります。
(引用)「男性脳・女性脳」の分類は、生まれつき男性と女性の脳に「違い」があるという誤認に基づいています。社会が脳を変えるという科学的な事実があるにもかかわらず、生まれながらにして男性と女性の得意・不得意が異なる、という誤認に従って分業を進めると、今の社会にある格差・差別が助長されてしまうかもしれません。そして、ジェンダー・ステレオタイプの強化につながりかねません。そういった悪循環を防ぐためには、「男性脳・女性脳」の分類をする前に、社会構造の中にある違いに目を向けるべきだと考えています。



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