人員不足、多忙な職場において、ともに働く仲間を守り、エンゲージメント向上、離職防止等につながる、働きやすい職場づくりを進めていくことは不可欠です。なかでも、働く人を疲弊させる各種ハラスメントへの対策の優先度は高いといえます。今回は、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策を進める際に、忘れてならない視点=「職場や顧客とのコミュニケーションを深める言動が働く仲間を守る」ということをお伝えします。
- 職場や顧客とのコミュニケーションを深める言動が働く仲間を守る
- 顧客の声を業務や商品・サービス品質の向上にいかし、結果、働きがいのある、働きやすい職場づくりにつなげていく
ハラスメント防止に関連する法律や条例
ハラスメント防止に関連する法律や条例を見ていきます。
2020年6月1日に改正労働施策総合推進法等、各種関連法が施行され、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました。カスタマーハラスメント対策については、厚生労働省による対策マニュアルの公表等、対策が進められてきました。
そして、深刻化するカスタマーハラスメントの防止を図り、働く人と事業者の事業継続を守るため、北海道、東京都、群馬県、三重県桑名市で「カスタマーハラスメント防止条例」が制定され、2025年4月1日に施行されました。特に、北海道と東京都のサイトが充実しています。
これら各種指針やマニュアルに沿って、各企業そして各職場で定めたハラスメント対策を進めていると思いますが、皆さんの会社では、どこに力点をおいてカスタマーハラスメント対策を説明しているでしょうか?
当然、悪質な顧客に対応するカスタマーハラスメント対策は重要ですが、「顧客対応の原則は、顧客の声を業務や商品・サービス品質の向上にいかし、結果、働きがいのある、働きやすい職場づくりにつなげていくコミュニケーションを目指すものだ」という点は強調されているでしょうか?
この視点を欠いた対策説明をしてしまうと、従業員が顧客対応する際に、過度にハラスメントを恐れ、身構えてしまうことで、顧客との溝を深めてしまう、ひいてはカスタマーハラスメントに発展する可能性を高めてしまうコミュニケーションを取ってしまうことがあるので注意が必要です。
電話応対で顧客との溝が深まってしまったケース
顧客であるAさんからのサービス購入のための問い合わせ電話を受けたX社員の応対のケースです。
Aさん(顧客)が話し始めると、対応しているXさん(社員)の緊張感、警戒感が一気に高まっていきました。空気が凍り付いたのが、態度、表情、声の調子から伝わってきました。そして、Aさんの問い合わせに対して、相づちもなく、質問内容の確認もなく、さらに分からない内容だったため、「確認します」とぶっきらぼうな対応で保留にしてしまいました。
このような対応をされると、顧客は少なくと不安な気持ちになるでしょう。もし、気が短い人、虫の居どころが悪い人だったら、ムッとしてしまうか、苛立ってしまうかもしれません。用件が苦情や要望だったとしたら、火に油を注いでしまう可能性のある対応でした。
なぜ、Xさん(社員)はこのような応対になってしまったのでしょうか?

電話応対の経験不足による不安感、ハラスメントを受けることへの過剰な恐れから、「電話はこわい」「早く終わらせたい」という気持ちが前面に出てしまいました…
- 電話で話す経験が少ない
- 学生時代からメッセージアプリ等でのテキストベースの短いコミュニケーションが一般的です。そもそも電話で話す経験が少なく、ましてや知らない人からの電話を受ける経験をしたことがない人がほとんどです。
- ビジネスでも、一人ひとりがスマホ・携帯電話をもち、社内の連絡もメッセージアプリやビジネスチャットツールで行なわれる組織も増えています。社内でも電話でビジネスの会話をする練習が減っているのです。
- ハラスメントに敏感
- 若い世代は、ハラスメントにとても敏感です。学生時代からブラック企業、パワーハラスメントをはじめとするハラスメント情報に触れ、ハラスメントを受けたくない、避けたいと思っている人も多いのです。



若い世代の生活を考えると、電話応対が怖いと思うのは無理からぬことだと私は思います。怖いという気持ちはわかりますが、その気持ちが声や態度で顧客に伝わり、カスタマーハラスメントに発展する可能性を高めてしまうこともあるので注意が必要です。
職場や顧客とのコミュニケーションを深めるカスタマーハラスメント対策のポイント



どのようにしたら過度にハラスメントを恐れず、安心して応対できるでしょうか?
カスタマーハラスメントに関する調査で、適切に対応するために必要だと考えるものの上位には、電話録音機の設置、複数人での対応、対応方針の明示、対応マニュアルの整備があがっています。
- 従業員一人ひとりの心構え
- 顧客がどのような口調であっても、苦情ではなく、「何らかの要望」を伝えてくれているのだというマインドで対応する。
- 電話応対の一次対応者の役割は「ご要望を承ること」だと考える。
- 顧客の口調、語気の強さ、声の大きさに影響されず、冷静で丁寧なコミュニケーションを心がける。
- 従業員一人ひとりの取り組み
- 顧客の要望を理解できる、想像できるよう、商品・サービスの知識を深める。
- 顧客が話を聞いてもらえていると感じられるよう、聴くスキルを高める(声のトーン、相づち、内容の要約・確認等)
- 職場全体の取り組み
- 一人で対応するのではなく、チームで対応することが共通の認識となっている(電話応対時にはお互いを気にかける、必要であれば上長等が電話を代わる等)。
- 顧客の違法な行為と不当な行為のめやすとする判断基準を共有し、具体的な会話例を含む対応マニュアルを整備する。
- 必要に応じて通話録音ができる装置等を準備する(録音ファイルの取り扱い要領も決めておく)。
- うまくいかなかった際には、どう対応したらよかったのか、何が課題なのかを話し合う(人を責めず、ことを攻める)。
本来、顧客からの正当なクレーム・苦情、要望、申出は、業務の改善や商品・サービスの改良・開発につながるもので、企業にとっては歓迎すべきものです。しかしながら、一部の悪質な顧客による違法な行為(暴行、脅迫等)、不当な行為(過度な要求、暴言等)の情報を見聞きする機会が増えていること、カスタマーハラスメント対策が違法な行為や不当な行為への対策に偏ることで、正当なクレーム・苦情、要望、申出に対してまでも警戒感が高くなってしまうことが起こっています。
すべての申出に対して、まずはしっかり顧客の申出内容を聴くことが対応の原則です。
そのうえで、下図(カスタマーハラスメントの定義)でいえば、違法な行為(オレンジの○)と不当な行為(黄色の○)のめやすとなる判断基準に該当する顧客に対しては、業界や企業の方針にそって、職場全体(チーム)で対応します。
対応が難しい顧客にはチームで協力して対応する安心感は、すべての顧客との円滑なコミュニケーションにつながり、その結果、働きがいのある、働きやすい職場づくりの実現につながっていきます。


東京都「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)2024年12月」より引用
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